生き方=死に方

2012-08-05
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森の国に棲む古風な和漢★
小田和比古ブログへようこそ★


もう、日々暑いですね汗
一昨日から九州に来ておりますが、
こちらも逃げ場がない暑さですf^_^;)



20120805-113401.jpg水前寺にて★

さて今日は日本人のお墓について少し考えてみたいと思います(#^.^#)



「終わり良ければすべて良し」
ということわざがありますが、

日本人は古来より、

死に方、死に際」にこだわりや美学をもってきた民族だと思います。



特に戦国時代には、

名誉ある死を ということで、

敵に殺されるくらいなら、自ら命を経つ とか、

見事な切腹のやり方にこだわる

といった価値観がたしかにありました。



極端にいえば、

生前に浮かばれない、日の目をみないような生涯だったとしても、

死に際が見事であれば、

その人の生涯は尊敬と誇りに足る、意味のある、素晴らしいものであった


意味付けることができたのだと思います。


いかに死ぬか
が、その人の生涯を決定づける、最大で最後のチャンスであったのでしょう。



しかし昔も今も、
自分の描いた筋書きどおりに生き、
死ねた人などほとんどいないでしょう。

(※その意味では、切腹するチャンスを与えられた人というのは、やはりある意味で幸せだったというべきなのかもしれません。敵陣に捉えられ、打ち首でなく切腹のチャンスを与えられた武士が、「ありがたく存じます」と言うのも、わかりますね。そして立派な切腹ののち、残された家族のもとに報告がいくわけです。「見事な死に際であった」と。「お前の家の主人は、かくも立派で、誇らしい男であった」と伝えるわけですね。残された家族は、悲しみの中、その誇りを頼りに生き、強い子供を育てたのでしょう(^-^) )

近代の戦争でも、戦死した人の階級が上がるのも、こういった意味合いもあるのだと思います。



これらの例は、次のことを意味してます。


生きている私たち(供養する側)が、
亡くなった人間(供養される側)の生涯を決定づけることができる


ということを。



これはすごいことです。

お墓参りをすることで、
ご先祖様の魂を救い、より尊く、より誇らしいものに変えていくことができるのですから。


そしてご先祖様は、そんな可愛い子孫を加護しないでいられるでしょうか




お墓参り という行為には、
かくも素晴らしい意味合いが込められてると、感じずにいられません。

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